世界遺産図鑑/フィンランド/スオメンリンナ要塞
World Heritage

🇫🇮スオメンリンナ要塞

Fortress of Suomenlinna
文化遺産 1991年登録 (iv) フィンランド

スオメンリンナ要塞は、フィンランドの首都ヘルシンキの港の入口にある6つの島に、18世紀後半にスウェーデンが築いた海の要塞で、スウェーデン・ロシア・フィンランドの3つの国を守ってきた文化遺産です。ヘルシンキからフェリーで渡り、博物館から島のルートを歩いて南端のキングスゲートまで回った記録を、動画・写真・解説付きでまとめています。

スオメンリンナ要塞
Fortress of Suomenlinna
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日本語の地図で歩く要塞の島

スオメンリンナの島を結ぶ橋と要塞の城壁(フィンランド・本人撮影)
スオメンリンナ要塞(Suomenlinna)

島に着くと、久しぶりに日本語のガイドマップをもらえました。見どころとあわせて約1.5kmの青いルートが案内されていてとても分かりやすく、その通りに南端のキングスゲートまで歩きました。

スオメンリンナは、ロシアから守るためにスウェーデンが築いた要塞の島です。スウェーデンやロシアなどに支配されてきたフィンランドの歴史を物語る場所ですが、登録基準は(iv)なので、要塞としての建築技術が評価されて登録されています。島で唯一の教会であるスオメンリンナ教会は、プロテスタントのルター派の教会です。

スオメンリンナ博物館

要塞のことが一番詳しく分かる博物館で、映像の解説を見て、スオメンリンナの発音を間違えていたことに気づきました。もともとは「スウェーデンの城」を意味するスヴェアボリという名前で、途中でフィンランド語の今の名前に変わったそうです。

歴史は本当に戦争の歴史で、スウェーデン領だったところをロシアに取られ、100年ほどロシア領の時代が続いたあと、今の名前になりました。18〜19世紀ごろのヨーロッパで最大の要塞島だったようで、本当に大規模な砲撃を受けた要塞の島という点で、ここは珍しいのではないかと思いました。

島は6つからなり、そのすべてが要塞として使われていました。今も800人ほどが暮らすヘルシンキ市の一部で、校外学習の学生も多く、フィンランドの戦争の歴史を学ぶ重要な場所になっています。

1階は常設展で軍事技術の展示、2階は企画展で海に沈んだものの調査の様子でした。ダイビングのライセンスを持っているので分かりますが、複数のボンベを使う本格的な潜水での調査方法の展示です。

北欧の国々は18〜19世紀ごろまで、ヨーロッパの中ではかなり貧しい国で、食料難や戦争の過去が強調されていました。物価が高くリッチなイメージは、20世紀以降のものだと思います。

乾ドックからキングスゲートへ

帆船の修復が行われるスオメンリンナの乾ドック(本人撮影)
乾ドック

見どころの1つが乾ドックで、古い帆船の修復が今も行われていて、現役のものとしては世界で最も古いものの1つだそうです。戦争で多くの爆撃の被害を受けた広場も通りました。

土を盛った城壁に埋め込まれた石積みの施設(スオメンリンナ・本人撮影)
要塞の石積み

島の中にも要塞の城壁があり、戦争の形跡がたくさん残ります。何より床がとても歩きづらく、石畳の中でもさらにボコボコで、転びそうになりました。大砲を備えた海の防衛線も見られます。

スオメンリンナ南端のキングスゲートの石のアーチ(本人撮影)
キングスゲート

目的地のキングスゲートは、要塞の式典用の門として1753年から54年にかけて建てられた門です。どんな大きな門かと思ったら、小さな島に沿ったような門でした。

世界遺産データ:スオメンリンナ要塞

スオメンリンナ要塞は1991年に世界遺産に登録されました。ヘルシンキに属する島々に1748年から段階的に築かれた海の要塞で、スウェーデンの提督アウグスティン・エーレンスヴァルドが、ヴォーバンの築城理論をこの土地の地形に合わせて建設を指揮しました[1]。

登録
1991年
登録基準 (iv)
区分
文化遺産
登録範囲
210 ha
文化の基準
  1. i
  2. ii
  3. iii
  4. iv
  5. v
  6. vi
自然の基準
  1. vii
  2. viii
  3. ix
  4. x
  • (iv)人類の歴史の重要な段階を示す建築・技術・景観の見本
登録基準10項目のうち、この遺産が認められた基準(ユネスコの基準の要約)[2]。

要塞は6つの島にまたがり、200の建物と6kmの城壁からなります。ロシア帝国からスウェーデン王国を守り、乾ドックを備えた軍の拠点とするために、地元の岩を使って起伏のある地形に稜堡を巡らせて築かれました。19世紀のロシア時代には兵舎などが加えられ、当時の装備に合わせて防御が近代化されました。

1917年のフィンランド独立後に「フィンランドの要塞」を意味するスオメンリンナに改名され、守備隊と港として使われました。第二次世界大戦後に軍事的な役割が薄れ、1973年に民間の用途へ移されました。軍事建築の歴史の中で、17〜18世紀の築城、特に稜堡式の原理を示す傑出した例とされています。

参考文献

IkigAI・せかいのずかん
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