世界遺産図鑑/トルコ/ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群
World Heritage

🇹🇷ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群

Göreme National Park and the Rock Sites of Cappadocia
複合遺産 1985年登録 (i)(iii)(v)(vii) トルコ

ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群は、トルコ中部アナトリア高原の火山岩が侵食されてできた奇岩地帯で、岩を掘った教会や住居、地下都市が残る複合遺産です。ギョレメ野外博物館からレッドバレー、気球、ゼルヴェ、ウチヒサル城、デリンクユ地下都市まで数日かけて回った記録を、動画・写真・解説付きでまとめています。

ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群
Göreme National Park and the Rock Sites of Cappadocia
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ギョレメ野外博物館の岩窟教会

ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群(トルコ・本人撮影)
ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群(Göreme National Park and the Rock Sites of Cappadocia)

カッパドキアに着くと一気に世界が変わり、この景色がかなりの範囲で続きます。カッパドキアはギョレメという地域の中にあり、最初に訪れたのがギョレメ野外博物館です。奇岩の景色ばかりが印象に残っていましたが、文化遺産としては岩窟教会が主役で、ぐるりと一周する道に沿って教会がいくつも並んでいます。

教会の内部は撮影禁止でしたが、壁や天井にはビザンティン帝国時代の壁画が残り、倉庫として使われた跡や内部の階段のある住居跡など、人が暮らしていた痕跡もありました。

同じ複合遺産でも、ギリシャのメテオラとは岩が違います。カッパドキアは火山灰が降り積もって固まった柔らかい岩を風と雨が削ったもので、だから教会や住居を掘りやすかった。メテオラは石や砂が固まった硬い堆積岩で、だからその上に修道院を建てた、という違いです。ツアー客が多く、明らかに日本人と分かる人も多い場所でした。日差しはこれまでで一番強く感じました。

レッドバレーのハイキング

レッドバレーの奇岩(カッパドキア・本人撮影)
レッドバレー(Red Valley)

野外博物館から北のレッドバレーへ歩きました。道は舗装されていて歩きやすく、世界遺産の難易度としては最も低い部類です。この地域は広く、主要な場所を5つに絞るなら、南東の野外博物館、北のレッドバレー、西のラブバレー、最も標高の高いウチヒサル城、そして地下都市になります。レッドバレーは夕日の名所で、登り切ると一望でき、言葉が不要なほどの絶景でした。歩いて来る人には誰にも会いませんでした。

帰りは本格的な山道を選びました。GPSがないと詰む道で、降りられない場所が多く、はしごもあり、靴はぐしょぐしょになりました。暗くなる前に出て正解で、谷の狭間には昔ながらの岩窟住居が残っています。

気球、ラブバレー、ゼルヴェ野外博物館

ラブバレー上空を飛ぶ気球(カッパドキア・本人撮影)
気球から見たラブバレー(Love Valley)

人生で初めて気球に乗りました。天気がよく、着陸はトラックの荷台の上という操縦技術で、たまたま着陸地がラブバレーだったので、そこから妖精の煙突と呼ばれる奇岩を見ました。気球が有名になったのは、高原の穏やかな気候と広い平地で飛ばしやすいことに加え、この景観があるからだと思います。奇岩を見るなら一番のアクティビティでした。

パシャバーの妖精の煙突(カッパドキア・本人撮影)
パシャバーの妖精の煙突(Paşabağ)

パシャバー野外博物館は奇岩の先端が別の層でできた「妖精の煙突」が集まる場所で、ギョレメより人が少なく、日本の大学が修繕に協力している看板がありました。ゼルヴェ野外博物館はギョレメより規模が大きく、教会だけでなくオスマン帝国期に建てられたモスクもあり、住居跡が多く残ります。

谷には昔、湖か池があった跡があり、水の近くで人が暮らしていたのだと思います。ウチヒサルへ歩く途中、世界遺産に含まれる岩窟教会を偶然見つけました。壁画の顔が壊されているもの(イコノクラスム?)も見ることができて、周囲の見晴らしがよい教会でした。

ウチヒサル城と地下都市

ゼルヴェ野外博物館の岩窟教会(本人撮影)
ゼルヴェ野外博物館(Zelve)

ウチヒサル城はギョレメ周辺で最も標高が高い1,350メートルの場所にあり、270段ほどの階段を登ります。城といっても岩をくり抜いたもので、内部には人工的な階段や部屋があり、自然と人間の調和という意味で文化的な建物です。ビザンティン帝国が衰退してオスマン帝国に変わる前のセルジューク朝のころから整備され、町が築かれたそうです。見渡す限り一面の奇岩で、何千万年も前の大噴火の跡だと実感します。

ウチヒサル城から見たギョレメ周辺の町(本人撮影)
ウチヒサル城からの眺め

最後にデリンクユ地下都市をツアーで訪れました。1960年代に見つかったもので、ロープを掛けた跡が残る倉庫など、生活の痕跡が豊富に残っています。

世界遺産データ:ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群

ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群は1985年に世界遺産に登録されました[1]。

登録
1985年
登録基準 (i)(iii)(v)(vii)
区分
複合遺産
構成資産が複数
登録範囲
9,883.81 ha
文化の基準
  1. i
  2. ii
  3. iii
  4. iv
  5. v
  6. vi
自然の基準
  1. vii
  2. viii
  3. ix
  4. x
  • (i)人類の創造的才能を表す傑作
  • (iii)文化的伝統や文明の、比類のない証拠
  • (v)伝統的な集落や土地・海の利用の見本
  • (vii)類まれな自然現象や、自然美・美的な重要性
登録基準10項目のうち、この遺産が認められた基準(ユネスコの基準の要約)[2]。
ギョレメ周辺の地形の3Dモデル(標高の実データと衛星画像から作成)
ギョレメ周辺、約8.5km×9.5kmの地形。標高の実測データに衛星画像を重ねた、縦横同じ縮尺のモデル。標高データは約30m間隔のため、妖精の煙突ほど小さな形は再現の対象外[3][4]。
地形縦横同じ縮尺
1,2001,400ウチヒサル城1,358 m野外博物館1,135 m西東0 km1 km2 km3 km
ウチヒサル城から東北東の野外博物館まで、ギョレメの町の南を通る断面。ウチヒサル城は標高1,358m、途中の谷底は1,112m、野外博物館は1,135m[3]。
数値の表
西端からの距離(km)標高(m)
0.001,353
0.501,257
1.001,186
1.501,220
2.001,186
2.501,148
3.001,135
3.501,144

ネヴシェヒル、ウルギュップ、アヴァノスの間の地域と、カイマクルとデリンクユの地下都市などを含み、南と東はエルジエス山(3,916m)とハサン山(3,253m)の死火山に囲まれています。侵食でできた「妖精の煙突」の景観の中に、岩を掘った僧房・教会・洞窟の村・地下都市が密集し、世界で最も大規模な洞窟居住の遺跡の一つです。

修道生活は4世紀、カイセリの司教バシレイオスの教えに従う隠修士が岩に掘った僧房に住んだことに始まるとされ、のちにアラブの侵入に対抗して洞窟の村や地下都市にまとまりました。聖像破壊運動の時代(725〜842年)には装飾を十字架などの最小限にとどめていましたが、842年以降は多くの岩窟教会が掘られ、鮮やかな人物画で飾られました。

ギョレメ谷ではトカル・キリセ、エル・ナザル・キリセ(10世紀)、聖バルバラ教会、サクル・キリセ(11世紀)、エルマル・キリセ、カランルク・キリセ(12世紀末〜13世紀初め)などで、聖像破壊運動後のビザンティン美術を代表します。200以上の岩窟教会が文化財に登録されています。

参考文献

IkigAI・せかいのずかん
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