ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群は、トルコ中部アナトリア高原の火山岩が侵食されてできた奇岩地帯で、岩を掘った教会や住居、地下都市が残る複合遺産です。ギョレメ野外博物館からレッドバレー、気球、ゼルヴェ、ウチヒサル城、デリンクユ地下都市まで数日かけて回った記録を、動画・写真・解説付きでまとめています。
ギョレメ野外博物館の岩窟教会
カッパドキアに着くと一気に世界が変わり、この景色がかなりの範囲で続きます。カッパドキアはギョレメという地域の中にあり、最初に訪れたのがギョレメ野外博物館です。奇岩の景色ばかりが印象に残っていましたが、文化遺産としては岩窟教会が主役で、ぐるりと一周する道に沿って教会がいくつも並んでいます。
教会の内部は撮影禁止でしたが、壁や天井にはビザンティン帝国時代の壁画が残り、倉庫として使われた跡や内部の階段のある住居跡など、人が暮らしていた痕跡もありました。
同じ複合遺産でも、ギリシャのメテオラとは岩が違います。カッパドキアは火山灰が降り積もって固まった柔らかい岩を風と雨が削ったもので、だから教会や住居を掘りやすかった。メテオラは石や砂が固まった硬い堆積岩で、だからその上に修道院を建てた、という違いです。ツアー客が多く、明らかに日本人と分かる人も多い場所でした。日差しはこれまでで一番強く感じました。
レッドバレーのハイキング
野外博物館から北のレッドバレーへ歩きました。道は舗装されていて歩きやすく、世界遺産の難易度としては最も低い部類です。この地域は広く、主要な場所を5つに絞るなら、南東の野外博物館、北のレッドバレー、西のラブバレー、最も標高の高いウチヒサル城、そして地下都市になります。レッドバレーは夕日の名所で、登り切ると一望でき、言葉が不要なほどの絶景でした。歩いて来る人には誰にも会いませんでした。
帰りは本格的な山道を選びました。GPSがないと詰む道で、降りられない場所が多く、はしごもあり、靴はぐしょぐしょになりました。暗くなる前に出て正解で、谷の狭間には昔ながらの岩窟住居が残っています。
気球、ラブバレー、ゼルヴェ野外博物館
人生で初めて気球に乗りました。天気がよく、着陸はトラックの荷台の上という操縦技術で、たまたま着陸地がラブバレーだったので、そこから妖精の煙突と呼ばれる奇岩を見ました。気球が有名になったのは、高原の穏やかな気候と広い平地で飛ばしやすいことに加え、この景観があるからだと思います。奇岩を見るなら一番のアクティビティでした。
パシャバー野外博物館は奇岩の先端が別の層でできた「妖精の煙突」が集まる場所で、ギョレメより人が少なく、日本の大学が修繕に協力している看板がありました。ゼルヴェ野外博物館はギョレメより規模が大きく、教会だけでなくオスマン帝国期に建てられたモスクもあり、住居跡が多く残ります。
谷には昔、湖か池があった跡があり、水の近くで人が暮らしていたのだと思います。ウチヒサルへ歩く途中、世界遺産に含まれる岩窟教会を偶然見つけました。壁画の顔が壊されているもの(イコノクラスム?)も見ることができて、周囲の見晴らしがよい教会でした。
ウチヒサル城と地下都市
ウチヒサル城はギョレメ周辺で最も標高が高い1,350メートルの場所にあり、270段ほどの階段を登ります。城といっても岩をくり抜いたもので、内部には人工的な階段や部屋があり、自然と人間の調和という意味で文化的な建物です。ビザンティン帝国が衰退してオスマン帝国に変わる前のセルジューク朝のころから整備され、町が築かれたそうです。見渡す限り一面の奇岩で、何千万年も前の大噴火の跡だと実感します。
最後にデリンクユ地下都市をツアーで訪れました。1960年代に見つかったもので、ロープを掛けた跡が残る倉庫など、生活の痕跡が豊富に残っています。
世界遺産データ:ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群
ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群は1985年に世界遺産に登録されました[1]。
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- iii
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- vi
- vii
- viii
- ix
- x
- (i)人類の創造的才能を表す傑作
- (iii)文化的伝統や文明の、比類のない証拠
- (v)伝統的な集落や土地・海の利用の見本
- (vii)類まれな自然現象や、自然美・美的な重要性
数値の表
| 西端からの距離(km) | 標高(m) |
|---|---|
| 0.00 | 1,353 |
| 0.50 | 1,257 |
| 1.00 | 1,186 |
| 1.50 | 1,220 |
| 2.00 | 1,186 |
| 2.50 | 1,148 |
| 3.00 | 1,135 |
| 3.50 | 1,144 |
ネヴシェヒル、ウルギュップ、アヴァノスの間の地域と、カイマクルとデリンクユの地下都市などを含み、南と東はエルジエス山(3,916m)とハサン山(3,253m)の死火山に囲まれています。侵食でできた「妖精の煙突」の景観の中に、岩を掘った僧房・教会・洞窟の村・地下都市が密集し、世界で最も大規模な洞窟居住の遺跡の一つです。
修道生活は4世紀、カイセリの司教バシレイオスの教えに従う隠修士が岩に掘った僧房に住んだことに始まるとされ、のちにアラブの侵入に対抗して洞窟の村や地下都市にまとまりました。聖像破壊運動の時代(725〜842年)には装飾を十字架などの最小限にとどめていましたが、842年以降は多くの岩窟教会が掘られ、鮮やかな人物画で飾られました。
ギョレメ谷ではトカル・キリセ、エル・ナザル・キリセ(10世紀)、聖バルバラ教会、サクル・キリセ(11世紀)、エルマル・キリセ、カランルク・キリセ(12世紀末〜13世紀初め)などで、聖像破壊運動後のビザンティン美術を代表します。200以上の岩窟教会が文化財に登録されています。
参考文献
- [1] UNESCO World Heritage Centre「Göreme National Park and the Rock Sites of Cappadocia」
- [2] UNESCO World Heritage Centre「The Criteria for Selection」
- [3] Copernicus「Copernicus DEM GLO-30(衛星で測った約30m間隔の標高・produced using Copernicus WorldDEM-30 © DLR e.V. 2010-2014 and © Airbus Defence and Space GmbH 2014-2018 provided under COPERNICUS by the European Union and ESA; all rights reserved. The organisations in charge of the Copernicus programme by law or by delegation do not incur any liability for any use of the Copernicus WorldDEM-30)」
- [4] Copernicus「Sentinel-2 L2A(2025年6月26日撮影・Contains modified Copernicus Sentinel data 2025)」