バレッタの市街は、地中海の島国マルタの首都バレッタに残る、聖ヨハネ騎士団が16世紀に築いた城塞都市の世界遺産です。坂の上の城壁から聖ヨハネ大聖堂まで歩いた記録を、動画・写真・解説付きでまとめています。
碁盤の目に計画された要塞都市
バレッタは港から見上げる丘の上にあり、着くまでにかなりの坂を登ります。碁盤の目で計画された都市で、京都を思い出しました。世界一周で最初に訪れた要塞都市で、聖ヨハネ騎士団がオスマン帝国から身を守るために築いた街です。城壁のすぐ外側には大きな堀が切られていて、これは攻め込めないと思わされます。
通りにはイタリア風の建物が並び、どの店がどこにあるのか分かりづらいほど統一されています。石はギリシャの白とは違う黄色がかった茶色で、街全体が同じ色をしています。
UNESCOの登録理由では、バレッタは地中海でも有数の2つの天然の良港にはさまれた丘の半島に築かれた城塞都市です。1565年のマルタ包囲戦のあと、1566年に聖ヨハネ騎士団が16世紀の軍事技術者とともに後期ルネサンスの統一した構想で計画し、稜堡をもつ城壁の内側に碁盤目の街路を敷きました[1]。
聖ヨハネ大聖堂とカラヴァッジョ
世界遺産の中心となる場所が聖ヨハネ大聖堂です。外観は控えめですが、中はバロックの豪華絢爛な装飾で、床一面に騎士たちの墓碑が並びます。現地の解説によると、建設当初の約100年間は内装がとても控えめで、17世紀にバロック様式が広まると、騎士団はローマのような豪華な教会へと内装を変えていったそうです。
ここにはカラヴァッジョの「洗礼者ヨハネの斬首」があります。カラヴァッジョが描いた中で最も大きく、唯一サインを入れた絵で、サインは洗礼者ヨハネの首から流れる血で書かれています。騎士団は出身の言語ごとに組織が分かれていて、身廊の両側にはその言語ごとの礼拝堂が並び、それぞれに絵画が飾られています。日曜日だったので、礼拝に集まる人の姿がありました。
バレッタの街歩きと構成資産
市内には彫刻や記念碑が300あまりあり、世界遺産の構成資産として含まれています。一番の見晴らしの公園には今も馬車が走り、建物は何百年も前のものをそのまま使っているので、タイムスリップしたような感覚になります。敵から身を守るために建てた軍事的な街が、今は人類の創造的な資産として登録されているのが印象的でした。
バレッタは1980年に世界遺産に登録されました。登録基準は(i)(vi)で、320の記念建造物が集中する世界でも有数の歴史地区です。(i)は後期ルネサンスの理想都市としての統一した都市計画、(vi)は1566年に街を築き2世紀半にわたり維持した聖ヨハネ騎士団の歴史との結びつきが理由です。半島の周囲は騎士団が去った後もほとんど変わらず、16世紀のスカイラインと街路網を今も保っています[1]。
世界遺産データ:バレッタの市街
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- (i)人類の創造的才能を表す傑作
- (vi)普遍的な意義をもつ出来事・伝統・思想・信仰・芸術との関連