カイロの歴史地区は、エジプトの首都カイロの近代的な市街の中に残る、10世紀に築かれた世界最古級のイスラム都市で、モスク・マドラサ・ハンマームが密集する世界遺産です。モスクの並ぶ旧市街を歩き、丘の上のモスクから街を見下ろした記録を、動画・写真・解説付きでまとめています。
臨戦態勢で歩く旧市街
カイロの歴史地区の建築はイスラム美術の最高傑作で、昔ながらのエジプトの伝統的な暮らしが今もここにあります。ただ正直なところ、歩いているあいだは常に臨戦態勢で、着いた時点で疲れていました。声をかけられ、案内と称してついてこられ、チップを求められる。額にすれば缶ジュース1本ほどなのですが、それが途切れません。
一番高い場所にあるモスクは展望台になっていて、街を見渡せます。ここも有料です。配車アプリのように評価の仕組みがある相手だけは、値段が最初から決まっていて安心でした。ラマダンの期間中でコプト博物館は早く閉まり、間に合いませんでした。コプト教はキリスト教と関係の深いエジプト独自の宗教で、その博物館だけは見たかった場所です。
アラブ圏に入ってからずっと、礼拝の呼びかけの声が街に響いています。横断歩道はほとんどなく、車が優先なので、車の間を渡るしかありません。30分も歩けば、それ以上は歩きたくなくなる街でした。
世界遺産データ:カイロの歴史地区
カイロの歴史地区は1979年に世界遺産に登録されました。ヨーロッパ・アジア・アフリカを結ぶ交易路の交差点にあり、政治・文化・経済の都として、学者の目的地として、巡礼路の中継地として栄えました。9世紀から15世紀は「イスラムのルネサンス」と呼ばれる黄金期で、科学者・医師・天文学者・神学者・作家がイスラム世界を超えて影響を持ちました[1]。
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- (i)人類の創造的才能を表す傑作
- (v)伝統的な集落や土地・海の利用の見本
- (vi)普遍的な意義をもつ出来事・伝統・思想・信仰・芸術との関連
カイロは969年にファーティマ朝の本拠として建設され、アイユーブ朝の1176年に城塞が政府の所在地になりました。マムルーク朝(1250〜1517年)に市街は城壁の外へ広がり、それ以前のフスタート(642年)、アル・アスカル(750年)、アル・カターイ(879年)の町を取り込みました。
アル・カターイには螺旋状のミナレットを持つイブン・トゥールーン・モスク(876〜879年)があります。その後カイロはオスマン帝国(1517〜1805年)で最も重要な都市となり、今も中世の複雑な都市の骨格を保っています。