古代都市テーベと墓地遺跡は、エジプト南部ルクソールにある古代エジプト新王国時代の都の遺跡で、ナイル東岸のカルナック神殿・ルクソール神殿と、西岸の王家の谷などの墓地からなる世界遺産です。カルナック神殿から自転車でナイルを渡り、王家の谷とルクソール神殿まで回った記録を、動画・写真・解説付きでまとめています。
カルナック神殿の大列柱室
スフィンクスが並ぶ参道を抜けて大列柱室に入ると、一面に巨大な柱が立っています。カルナック神殿はエジプト最大の神殿で、紀元前1500年から1000年ごろの新王国時代に最も栄えた場所です。
屋外でここまで残っている紀元前1000年ごろの建物は他に思い当たりません。トトメス1世とハトシェプスト女王のオベリスク、多くの座像、聖なる池、スカラベの像があり、スカラベの周りを反時計回りに7周すると願いが叶うと言われています。
セティ1世が造り始め、エジプト考古学博物館でも何度も出てきた「建築の王」ラムセス2世が完成させたと現地の案内にありました。複数の神殿が中にあるので、神殿群と呼ぶほうが実態に近い場所です。広すぎて、たいていの人は重要なところだけ見て次へ移動します。
自転車で渡る西岸、王家の谷
ギアもブレーキも壊れかけた自転車で、東岸の生者の町から西岸の死者の町へ向かいました。途中にあるハワード・カーターの家に寄ります。ツタンカーメンの墓を発掘したイギリス人で、発見当時の様子を再現した展示があります。写真の技術者でもあった人で、現像室が残っています。ツタンカーメンの墓は、王家の谷の王墓の中で唯一まったく盗掘されていない完全な状態で見つかったことで有名になりました。
王家の谷には60余りの王墓があります。墓荒らしから守るために西の奥の谷に墓を集めましたが、結局ほとんどが荒らされました。基本の入場券で入れるのは3か所で、人であふれています。別料金のセティ1世の墓とラムセス5世・6世の墓は人がほとんどおらず、壁画の質が最も高く、奥行きも一番あります。線画のまま色が塗られていない部分も残っています。生で見ることに価値がある場所です。
ただ、管理人が立ち入り禁止の場所へ誘い込んでチップを求めることが多く、それだけは本当に残念でした。各墓の入口でも毎回チケットを求められます。オンラインで買っておくとスムーズです。帰りに、早稲田大学が協力して発掘調査をしている場所で日本語を話すガイドに会い、少し救われました。
ルクソール神殿
ナイルを渡し船で戻り、東岸のルクソール神殿へ。カルナック神殿の副神殿として建てられたもので、規模はひと回り小さいですが、十分に立派です。一時期はコプト教の教会としても使われていたそうで、キリスト教の名残があります。この日、自転車で回っている観光客は他に見かけませんでした。
世界遺産データ:古代都市テーベと墓地遺跡
古代都市テーベと墓地遺跡は1979年に世界遺産に登録されました。テーベは神アメンの都で、中王国と新王国の時代にエジプトの首都でした[1]。
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- (i)人類の創造的才能を表す傑作
- (iii)文化的伝統や文明の、比類のない証拠
- (vi)普遍的な意義をもつ出来事・伝統・思想・信仰・芸術との関連
カイロの南約700キロのナイル河岸にあり、ユーフラテスから北スーダンに及ぶ帝国の都として、エジプト文明の頂点を伝えています。登録範囲はナイル東岸のカルナック神殿とルクソール神殿、西岸の7つの神殿や複合遺跡からなる3部構成です。
紀元前1500年から1000年ごろの町は5万人ほどの人口を持つエジプト屈指の都市で、カルナックとルクソールは史上最大級の宗教建築です。西岸のテーベの墓地は約10平方キロメートルに及び、数千の墓、多数の神殿、住居、村、祠、修道院が見つかっています。王家の谷と王妃の谷の墓地とあわせて、古代エジプトの宗教の中心であり続けました。