ナポリの歴史地区は、南イタリアの港町ナポリの旧市街で、ギリシャ人が築いた都市の街路網の上にローマ・ビザンティン・ノルマン・フランス・スペインの文化が重なった、ヨーロッパで最も古い都市の一つとして世界遺産に登録されています。ドゥオーモ、カステル・ヌオーヴォと王宮、卵城の3か所に絞って歩いた記録を、動画・写真・解説付きでまとめています。
混沌とした街に現れるドゥオーモ
ナポリの歴史地区は落書きだらけで、治安は大丈夫かと思う場所です。その混沌の中に突然現れるのが、歴史地区の外側ぎりぎりにあるドゥオーモ(大聖堂)で、ナポリの守護聖人が祀られています。外のごちゃごちゃした様子からは想像がつかないほど、中はきちんと整えられていました。
ナポリは港町として一つの国のように栄えた時代があり、資産が多すぎるので3か所に絞りました。歴史的に多くの国に占領されてきたため、ローマ系・アラブ系・ノルマン系と文化が混ざりすぎているのが第一印象です。あちこちから音楽が聞こえ、楽器屋を4〜5軒は通り過ぎました。ピザ発祥の地とされ、ローマのクリスピーな生地に対してナポリはふわふわの柔らかい生地で、本場のマルゲリータを食べました。
カステル・ヌオーヴォ、王宮、卵城
カステル・ヌオーヴォは「新しい城」という意味で、フランス統治時代に造られた城です。チェスの駒のような円形の塔はイタリアの建築ではあまり見ない形で、すぐ先に港が見えるので、港の近くに城壁と要塞を置く地理的な構造なのだと思います。続く王宮はスペインの王家を迎えるために建てられ、結局フランスの王家に使われたという場所で、建築にはギリシャ風の要素も入っています。数々の国に支配され、国という概念が曖昧になるような場所です。
最後に向かった卵城はナポリで一番古い城で、街の一番南の端、海のすぐそばにあります。奥に見えるのは、ポンペイを埋めたヴェスヴィオ火山です。詩人であり魔術師とも見られていた人物が城の中に卵を置き、卵が割れるとき城が崩れナポリの街も滅びるだろうと予言したという逸話から、卵城と呼ばれています。この日は閉まっていて中には入れず、海沿いで劣化も進んでいますが、周囲はレストランなどの商業施設でにぎわっていました。
UNESCOの登録理由では、ナポリは紀元前9世紀にパルテノペとして始まり、紀元前470年にネアポリス(新しい都市)として再建されたヨーロッパ最古級の都市です。6世紀にビザンティン帝国に征服され、ノルマン期の城として卵城が残ります。アンジュー家(1265〜1442年)の時代にフランス・ゴシックが取り入れられ、15〜17世紀のアラゴン家がトスカーナ様式を主にしてカステル・ヌオーヴォを建て、スペイン統治期の1600年に王宮が建てられました。1734年からのブルボン家のもとで、ナポリはパリ・ロンドンと並ぶヨーロッパの主要な首都の一つになりました[1]。
世界遺産データ:ナポリの歴史地区
ナポリの歴史地区は1995年に世界遺産に登録されました。登録基準は(ii)(iv)で、古代からヨーロッパに大きな影響を与えた地中海の文化の中心であること、古代ギリシャの都市ネアポリスの碁盤目の街路が今も街の基本の形として残っていることが理由です。2011年に登録範囲の境界が一部拡張されました。黄色い凝灰岩・白い大理石・灰色のピペルノという地元の材料が使われ続けていることも、真正性の根拠に挙げられています[1]。
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- (ii)建築・技術・都市計画・景観設計における価値観の交流
- (iv)人類の歴史の重要な段階を示す建築・技術・景観の見本